今回からいよいよ脱サラ&起業の道に進んだ背景や過程について何回かに分けて詳しく書いていきます。
前回のブログでも記載しましたが、以前勤めていた会社は震災後の東北、仙台に私を導きました。会社の中の立場にも変化があり、東北6県の営業を統括するリーダーとして赴任しました。小さいチームながらも部下(この言葉はあまり好きではないが)もできました。
震災から半年ほど経ってはいましたが、赴任してからすぐに東北の沿岸部を一通り回りました。
まだ震災から手付かずの場所で瓦礫の山になっているところが沢山ありました。家族が被災した、身内が亡くなった、家が流されたという方にも何人もお会いしました。
東北には3年と3ヶ月いました。
私が震災後の東北のためにできたことは無いに等しかったと思います。
しかし、私が東北から得られたことが山ほどありました。
それらを詳しく紹介したいと思います。
・直向きに大切にしたいことに向き合って生きる
まず東北の人たちは我慢強いなと感じました。
気候の要因もあるのかもしれません。厳しい冬を乗り越える忍耐力が必要だからかもしれません。
物事をそんなに言わない、望まないんです(もちろん全員ではありません)。
あれだけ破壊されてしまった街が、課題を抱えながらも、乗り越えながら、今もまだまだ復興過程ですが、人々の手で少しずつ少しずつ街が再建されていきました。
そのみなさんの直向きに前を向いて生きて行く姿を間近で見て、私は人生で大切にすべきことって何なんだろうと考えさせられました。
東北の人たちには、人生で大切にしたいことがあったんだと思います。もしくはこの震災を経て改めて気づいた人も多いのかもしれません。
被災者の多くは今回の津波があっても、故郷の元いた場所に住みたいという思いがありました。実は仙台に3年間いた時には、私はその気持ちが良くわからない時がありました。
山を削って、嵩上げして土を盛って、防潮堤作って。そこまでして、自然の猛威にもう一度晒されるかもしれない場所に住みたいのかと。
しかし、この乗鞍に移住してからはその気持ちがわかる気がします。東北は自然が本当に素晴らしい。太平洋沿岸は美しい海と自然とマッチした古き良き日本の漁港が沢山あり、山も沢山ありました。海と山の恵みを日頃から得られるその土地に住むことは、不便で厳しい環境であっても本来の自分でいられ、幸せなことなんだろうと。
そう考えると、原発事故の被災者には、さらに胸が痛みます。
津波に加えて放射能汚染。
国や行政は帰還を進めてますが、自然災害の危険とはまた別ですよね。
津波の場合は、ここに住めば津波に襲われる可能性があるってのは、ハザードマップなどでわかります。しかし放射能はいろんな情報があり、何が真実なのか、何を信じればいいのか、よくわからないってのが正直なところなのではないでしょうか。だから、まだ自主避難を続ける人の気持ちが少しわかる気がします。
「自主避難が自己責任」という言葉には驚きました。
今回の原発事故は、原子力政策を進めた国と東電に責任があり、被害者が居住・避難・帰還のいずれを選択した場合でも、国が支援を行うって法律で決めたにも関わらず、国は「福島県を通じて支援する」という形で、役割が終了したかのようなスタンス。そして自主避難者を自己責任という。今回の原発事故に限らずですが、仮にもし事故や事件の終わりを決められるとしたら、それは加害者ではなく、被害者ですよね。自主避難を国や東電にさせられたにも関わらず、避難していることが自己責任だと。大臣が他人事で復興ができるんでしょうか。
福島の原発事故の被害者のみなさん、我慢せず、怒って下さい。
おっと、本題から離れてしまいました。失礼。ここで止めときます。
東北の人たちはお祭り好きです。
短い夏に多くのお祭りがあり、市民が主役となってその祭りを作っていく。東北の名だたる祭りに行きましたが、人々が本当に楽しそうに踊ったり、実演する姿がとても素晴らしく輝いており、羨ましかった。
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東北ではほとんどの仕事が季節と関わりがあります。仕事が自然と密接に関わっているということです。
それぞれの季節を感じながら普段の生活とかけ離れない、むしろほぼ一体となっている仕事をしながら、仲間や家族と遊んだり、年のイベントや祭りに一緒に参加する。そこには目立たないながらも小さな幸せが私には見えました。
震災後の東北の人たちと関わる中で、私は人生で大切にすべきことって何なんだろうと考えるようになりました。
別に大きいことをする必要はない。別に目立たなくてもいい。仕事に大きい小さいはない。かっこよくなくてもいい。そんなに無理してお金を稼ぐ必要はない。直向きにシンプルに大切にしたいと思うことに向き合って生きていくことの方が、素晴らしいのではないか。と。
・自然と温泉の魅力を再発見した
以前のブログでも書きましたが、仙台という土地に住み、東北6県を毎週グルグル回っていたこともあって、自然が身近になりました。
営業先も山の中のダムとか、田舎の自治体に行くことも多く、道中含めて、仕事の中でも東北の自然の風景を目にするようになり、休日も山が近かったので時間を見つけて山やスノボに行くことができるようになりました。
自然にいる時間は、先に述べた大切にしたいことを考えるとても良い時間となり、会社勤めで仕事に一心不乱に向き合っている中で、見えなくなってきていたものが、少しずつまた姿を現してきました。もっともっと美しい景色を見て、自然で遊びたいという想いが湧いてきました。
そして温泉。休日に泊まりでも行きましたが、出張先の街に温泉があることもよくあり、仕事が終わってから立ち寄り湯なんかもよく行きました。
東北には名湯が沢山あるのですが、その近さと温泉の泉質の良さで何度も通ったのが、仙台市内から30分の「明日の湯」。後輩(部下)たちを連れて何度行ったことか。
お気に入りの温泉はいくつもあるんですが、一つあげるとすれば、福島の高湯温泉。乗鞍高原温泉と同じく硫黄泉。生命の源とも言うべきでしょうか。高湯温泉(特によく言ったのが、日帰り入浴施設のあったか湯)に入ると、リラックスはもちろんのこと、見えないパワーをもらえました。
温泉のリラックス効果って、ほんと凄いですよね。東北の3年間でこの魔法のような自然の恵みである温泉の虜になっていました。
そして、このようにパワーを与えられる場を作りたい、もっと温泉を身近にしたいと、元々の夢である温泉宿をやりたいなという思いが湧き立たっていきました。
・人を変えることはできないけど、変われる
立場が変わり、東北という場で後輩(部下)とチームを組んで仕事をする中でわかったことが、「人を変えることはできない」です。
ただし、「変わることはできる」というのが私の考えです。これはまた次のブログにもつながりますが、まずは前半部分の「変えることはできない」の部分を書きます。
会社の目標があり、東北のチームの目標を定め、そして個人の目標を定め、それに向けてチームの皆で仕事を進めていくわけですが、その目標を達成していく過程には様々なことがあります。私はリーダーとしてチームの計画の履行責任があるので、私個人の目標だけでなく、後輩たちが目標を達成するためのフォローをする必要がありました。組織的に提案を後押ししていくというようなチームプレイはもちろんですが、期日までに仕事ができないとか、計画を立ててもそれが実行できないとか、提案の仕方がわからないとか、お客様の言っている事の本質が理解できていないとか、お客様からのアクションを放置してしまっているとかの日々の細かいフォローもあります。
一般的には上司と部下の関係では多くの場合、このような日々の細かい事項のフォローとして、具体的なアクションのサポートに入ると同時に、精神論で諭すような形で接してしまいます。私も未熟さからそういう時が何度もありました。私が仙台の3年間通して、後輩たちと密に接する中でわかったことは、後者の精神論はほとんど意味がないということでした。
上司であれば、部下の成長はチームの成長につながるため、部下を成長させたいという想いを持ち、成長させるためには、部下のこの部分を変えた方が良いと思ってしまいます。しかし、人は見ている景色がそれぞれ違い、興味も人それぞれ、仕事に対する想いの度合いも人それぞれなんですよね。なので、どう成長したいか=どう変わっていきたいかやチームのゴールや目標を共有できていたとしても、それを実行するモチベーションと気持ちの重さはその人次第になってしまうのです。だからこそ、人が変わるのは、その人が変わる行動を取れるかどうかであって、その人を変えようと思って他人があーだこーだ言ったところで(特になんでできないの?なんでやらないの?っていう責めの質問は無意味)、その人は変わりません。ただし、その人が変わるためのチャンスをさりげなく準備したり、勇気付けは大切で、リーダーがチームに対してできることだと思います。
そして、リーダーであれば、フォローももちろん大切ですが、例えばチームの計画達成は、個々に目標は立てるけれども、最終的なチームとしての目標達成はリーダー自身が一人でも達成できる計画を立て、それを実行して結果を出すことが重要なんじゃないかと。
やっぱりリーダーは背中を見せて、人間的に憧れる存在になることが重要なんじゃないかと思います。私がそうなれていたかは自信はないですが(笑)。
人は近ければ近い人間にほど、期待を込めて多くを望んでしまいがちです。そして期待通りにならなかった場合、がっかりしてしまい、最悪の場合、その人を責めて、お互いの信頼関係が薄くなっていき、関係が悪くなります。
「人を変えることはできない」と気づいてから、「期待しない」というと物事を悲観的に捉えているような印象になってしまうので少し言葉を変えて、私は他人に「”ちょっとだけ”期待する」ようになりました。人だけでなく組織とか行政とかも。
結局自分の運命をコントロールできるのは自分なんですよね。今がある、未来の結果は自分がどう行動するかの結果であり、できないことを他人のせいにしたり、他人に期待し続けても、あまり現状は変わらないんですよね。ただし、ちょっとだけ心の奥で期待はします。でもちょっとだけなので、期待通りにならなくても仕方ないかって思います。その方が人間関係もうまくいくんじゃないかって思っています。
誤解なきよう、仙台の後輩たちはとても良く仕事をしてくれて、むしろ私が未熟なリーダーですみませんでしたって思ってます。
私は彼らと一緒に仕事をすることで、自分の人間としての未熟さに気づき、成長できる部分がありました。なのでむしろ感謝。
そして、この未熟な私にいつも付き合ってくれて、大変なことも沢山あったけれどいつも笑いがあり、10年間の会社勤めの中で一番楽しい3年と数ヶ月でした。特に長い時間をチームとして一緒に過ごしたTとMありがとう。そして短い時間だったけどWとSもありがとう。仙台の経理のHさんもありがとうございました。
彼らは私にとっては家族のような存在です。これからも年に1回は同窓会のような形で会いたいなと思っています。
そんなこんなで長くなりましたが、東北・仙台での生活が、私が人生において大切にしたいことを考えるきっかけとなり、会社の中での立場が変わったことで人間としての未熟さを痛感して、成長できる部分がありました。
そして今思えば、このような経験を経て、30代になるという年齢的な部分もあるかもしれませんが、私自信の物事の考え方や信条が変わってきて、私が自分自身の人生を大きく変えるための行動に出る下地ができていたのだと思います。
そして人生を変える最終的なスイッチを入れたのは2014年5月のGWに弾丸で行ったマチュピチュの旅なのですが、その話は後編で!!
長くなってすみません。ここまでお読み頂きありがとうございます!!
GWと言えば、GWも4月29日、5月3日は満室となっておりますので、もし美しい新緑の乗鞍・上高地へ行きたいなと思っている方は、
お早めにご連絡下さいませ。春の情報は以下も参照下さい。
春のハイキングトレッキング情報 乗鞍高原・上高地
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